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岡田久味子の自己紹介

岡田久味子の自己紹介

岡田久味子です。くみこと読みます。

美でもなく、実でもなく、味です。同じ名前の人に今まであったことないなぁ。。

名刺交換の時とか、インパクトあるみたいで、結構突っ込まれます。親に感謝!
昔あだなで、味子(あじこ)って呼ぶ人いました。 同じ字の人いたら教えてください笑

出身は大阪で、はらくんとあきらと同じ大阪でも南の方で、まぁまぁ田舎です。
ちょっと車で走れば和歌山も行けます。
そんなところから、3人も池尻にいるなんて、、、不思議です。

 

何かしら作るのが好きなので、服もそうですが、アクセサリー作ったり、
一人暮らし始めたときは、お金なくて棚つくったりしてたなぁ。今でも何気に使ってるし。

友達に誘われていったパン教室にはまって、
今では専門学校の時から仲の良い友達5人で、年一の”ボジョレー解禁パーティー”をしてるのですが、

それぞれ持ち寄りで、私の担当は、ワインに合うパン。
カマンベールのフォカッチャと、ローズマリーとオリーブのフォカッチャ、
ドライトマトとバジルのパンを作るのが恒例になっています。

おととしから手前味噌も作っていて、その美味しさを知ってもらいたく、
去年の5月には、オールユアーズ味噌をみんなで仕込みました。
そろそろ食べれるころなので、みんなで味噌パしたいな。



東京来た当時。。。みんな若っ!ぷりぷり。
そんなこんなで今でも仲良い。
あたし化粧濃いなぁ。。。

 

毎年冬になると、ソワソワします。寒いの苦手なのに。

なぜかって?ボードの季節だからです!!
毎年冬になると、スノーボードに行きます。

金曜の夜中から車で新潟まで行き、仮眠、そして滑る。
以前の職場の先輩達がとても上手く、一緒に行ってるときはキッカーとか練習してたけど、今は無理かなー。

一年中できないからこそ、冬が待ち遠しいし、いっぱい行きたくなるのかな。
夏は海に行きたくなるし、
春は公園でレジャーシート敷いてお弁当食べたくなるし、
家の中にいるより、外で楽しみたいのかもしれないです。

あとは、古着が好きです。ヴィンテージとか詳しくないけど、
いっぱいある中を発掘して、素敵だなーかわいいなーと思えるものを見つけるのが好きです。
今の時代まで、捨てられずに残っているということも素敵だと思うし。

そしてネコが好き。今は飼えないけど、実家にはいます。会いたいーー。


触らせれくれるネコがいて、おもわず暖を取る図。ネコってあったかいんです。 (写真左)
ハワイのクアロアランチに住んでるネコは、自撮りさせてくれました。不満げですがw(写真右)

 

あとホームセンターが好きです。
それも、ホームセンターで売ってる衣類関係を見るのが。

着るためにみるんじゃなくて、何か面白いネタがないか見るために行きます。
作り方とか、普通に作る服とは違った角度でつくられているので、なかなか面白いです。

しかも、メジャーなホームセンターだと、ちょっと着れる服になるので、
穴場な小さめのお店の方がセレクトが渋いので、より面白いです。

 

—-

①今のオールユアーズでのお仕事紹介

オールユアーズのオリジナル商品の形やサイズを作っていて、
その仕事のことをパタンナーといいます。

パタンナーって初めて聞いた人も多いと思うのですが、 簡単に言うと、

オールユアーズでは
————-
はらくん『この形でこの生地でこんなん作りたいねん。』
くみ『……ふむふむ(理解中)。ってことは、ここはこのままやと変やから、もっとこうしたほうがいいな。』
はらくん『せやな。』
————

とまぁ、こんな感じで軽いタッチで進むのですが、

いかに、はらくん(デザイナーもしくはディレクター)がどんなものを求めているか、
変な方向に考えていないかを察知します。

すごく細かく指示してくるときもあるのですが、フワッと指示されることもしばしば。

その中で、こちらから聞き出し引き出し、型紙を作ります。
型紙のことをパターンというので、このお仕事をパタンナーといいます。

大枠のデザインが理解出来たら、サイズを決め、仕様(縫い方、ステッチをどうするか、跡始末)を考え、
それを工場さんへ指示する書面〟“仕様書”と呼ばれるものを作ります。

うーーん、文字にするといろいろ経ていることがわかりますね。

何度かサンプルを作成し、修正、そして量産して、皆さんの元へ旅立ちます。
そんな裏方のようなお仕事をしているので、あまりお店やイベントにも立たないので、
とても仲のよいお客さん以外はご存知のない方も多数だと思います。

 

そんな服の形を作る仕事とは別に、”たべものがかり”として活動もしています。
読んで字のごとく、食べ物(ごはん)を作るかかりです。

ことの始まりは、事務所が三軒茶屋で、まだマンションの一室だった時。。。。

お昼、外食とかコンビニばっかりって飽きるよなーーってかわべさんと話していました。

その頃の事務所は、わたしとかわべさんしかいない状況が多く、
大きい企業に社食とかあっていいよねー、だれか作りに来てくれたらいいのに!とか夢物語を話していました。

そこに木村さんがたまたまいて、

『うちも社食制度とかつくりたいなぁ。。』
(。。。そうや!!(ピカーーン)
『あたし、やりますよ!新しい事務所になったら!キッチンもある(と思う)し』
『いいですねーーー』
『食堂みたいなんがいいなぁ。久味子食堂』
『夜はスナック久味子で』

とかなんか盛り上がった記憶が。

そして、池尻に引っ越しした時のイベントの時に初めて久味子食堂として、
オールユアーズメンバーと仲良くさせてもらっている人たちを呼んで、みんなで食事をしました。

 

そこから不定期でお昼ご飯や、おなかがすいた時に簡単に食べれる、スープストックを作っています。

あとは、お店でやった、BIG SIZE FESTIVALの時のカレーや、新年のお餅つき大会の御雑煮や、
ちょっとした軽食などなど。

まだまだ発展途上なので、新しい試みができたらなぁと思っています!

 

 

あと、クラウドファンディングで募集もしていた、おーるゆあーずステッカーのキャラ考えたり、
裏面の文章作成しました。

こういう楽しい仕事、いいですよね笑

もっと考えたいので、みなさんよかったら作ってみませんか??

 

—-

②オールユアーズに入社前まで何をしていたか

大阪で産まれ育ち、地元の小中学校に行き、

高校受験の時、普通の高校に行くより、
何か身について職業にすぐにつけるほうがいい(大学行くのが意味ないと思っていた)と思って、
商業高校に行きました。

そこで、商業の勉強をして、そのまま就職するつもりだったけど、
なんとなく心残りが。

この心残りはなんや!?って自問自答していたところ、
自分はいったい何が好きなんだろうって考えたとき、
洋服が好きだし、しかも、作るのが好きってことに気づきました。

母親が趣味で洋裁をしていて、
子供の頃は、よく母親が作ってくれた洋服や編んでくれたニットを着ていました。
身近にそういう人がいたので、よくよく考えると、自分で服作ったりもしてるし、
それを学べて、職業にできると思ったら楽しみで仕方なく、就職せず専門学校に行こうと決めました。

専門学校を卒業して、神戸のアパレル会社で3年半パタンナーとして働き、
ずっと東京で働きたかったので、その会社を辞め次の仕事をする前に、

海外に行ってみたかったのと、友達がオレゴンのポートランドに留学していたので、
一人で会いに行きました。

初海外、国内線は乗ったことがあっても、国際線は初めてで、
たまたま隣の人が留学する日本人 だったので、
私の友達も留学していて会いに行くんですーーとか話しながら。

到着前に、税関申告書の書き方がわからず、 ”滞在先”欄って、旅行だったらホテルの住所かきますよね?
でも、友達の家に泊まるから、【My friend house】って書いたんです。
だって住所わからないし。

そしてイミグレで案の定止められ、入国できず別室に連れていかれました。
その別室には、いかにも怪しそうな人ばっかりいて。

その当時は事の重大さに気づいていなく、(今連れていかれたらちょっとビビるかも。)
日本語の喋れる係の人が友達を館内放送で呼んでくれて 無事入国できました。

滞在中は、友達の留学先の仲間と一緒に家でパーティーをしたり、ドライブしたり、
古着を見に行ったり、アメリカの生活を少し味わうことができました。

たぶん、初めてのいろいろな経験をしたので、考え方とか視野とか少し広がったかな。

 



ピンクのTシャツがわたし。友達が柄のワンピの子。
日本人や、中国人、韓国人や、アラブの子もいて楽しかったーー

 

それから、専門学校の時にしていたピザーラで、1年間バイトをしてお金を貯めて、



『お電話ありがとうございます、ピザーラ鳳店、ご注文担当の岡田です。ご注文でよろしいでしょうか??』
を再現中の二人。

 

行きたかったブランドに採用してもらい、晴れて東京進出!!

そのブランドでは、立体裁断という作り方をしていたのと、
日本で有名なブランド出身のパタンナーの先輩方が多数いらっしゃったので、とても勉強になりました。

コレクションも体験できたし、あたしの中でより成長できた時期でした。

でもそのかわり、パターンの奥深さを知り、中途半端にできない、
あと2年で30歳になるところだったのと、今のうちに企画デザインの仕事もしたいと思ったので、

カットソー中心の会社に企画担当として転職。
OEM,ODMの会社だったので、激務中の激務で(苦笑。

相当鍛えられたけど、体も壊しましたw
ので、2年で辞めて。

 

そのあとはらくんと一緒に働くことに。

はらくんとは、専門学校からの同級生で、
東京出てくるタイミングや、転職するタイミング、独立するタイミングがなんとなーく一緒で。
地元も近いし。

会社を辞めてのんびりしている時、

『くみちゃん一緒に働かへん?』

と、誘われ一緒に仕事をすることに。
まだこの時はオールユアーズの、オの字もない、別のブランドの仕事をしていました。

2014年、いつものように、はらくんからデニムとパーカーのサンプルを依頼され、
パターンと仕様書を作っていた時、

『これはどこ向けのやつなん?』って聞いたら、
『俺のブランドのやつ。』

え、そうなん?ブランドやるんや。。。ぐらいの気持ちで。

この時は、とある縁で無駄に広い事務所で、たった2人で仕事をしているときに
HIGH KICKONE SWINGが産まれていました。
同時に、TシャツのCATCHER、ボタンダウンシャツのHANDS UP
今はなきSKIP JUMPとサンプルを作り、初めての展示会をしました。

DEEPER’SWEARというブランドができたときは、
オールユアーズという会社はなく、
はらくんの会社に、あたしがいるだけでした。

まさか、こんなに人も増えて、ブランドとしても成長していくとはなぁ~
って、最近はらくんとしみじみ話していました。

1年後の2015年7月1日にオールユアーズが出来たのですが、
その前からDEEPER’SWEARの服は産まれ、成長していたのですよ。

 

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③一番好きなオールユアーズのアイテム

一番好きなアイテム。。。うーーん。悩ましい。

あたし、冷え性なので、冬場はほんとに貼るカイロとスパッツとあったか靴下がないと不安で。

なので、DEFENDER RIB PANTはほぼ毎日履いています。

動きやすいしあったかいし、裾リブなので、冷気が入ってこないし。もう一着欲しい。
夏はKITETECOかな。なんといっても涼しいし、軽い。気持ちいい。

1番と言われているのに、2個書いてしまいましたが、、

両方とも季節にフィットしていて、だからといって主張しない。
なんとなく手に取ってしまう服。

そんなモノ作りをしている側本人たちがその罠にはまってしまっているという。
ALLYOURSの戦略通りですね。

 

 

クミコ